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AB型のだんな様

2015/02/18 (水)  カテゴリー/日々の事

そうちゃんがインフルエンザに罹ってしまいました。
というわけで、私はしばらく妹家には出入り禁止になりました。
インフルのモンスターと「ボクも」怪獣と
自力で動けない母を妹一人で抱えて大丈夫かいな?と心配ですが
来週は夫(誰?)の手術と入院も控えているので
私もうつってしまうのはどうしても避けなければならず、ごめんなさいです。
何とか頑張っておくれ。

今日、びんちゃんは手術前の検査と診察でした。
帰宅後、驚愕の事実を打ち明けられました!
ずっとB型だと信じていた血液型。
実はびんちゃんはAB型だったのです!
えー?どういうこと?
びんちゃんは「知らなかったなー」って暢気にしてるけど
大丈夫なのかな?もう1回調べた方がよくない?
この前の手術のときも調べてるはずだけど
B型だと信じてたから、見もしなかったよ。
血液型で人間を4パターンに分けることはできないけど
典型的なB型の人だと思ってたのよね〜
AB型って、なんだか神秘的でナイーブなイメージがあるけど
うちのだんなさんは全くそういう人じゃないんですよね〜。
謎である。

本日の診察では、予想外に厳しい結果で
完治まで、思っていたより時間がかかるかも知れないようです。
先月までは、かなり順調な経過だったんだけどね。
何でもないかのように明るく結果を報告するびんちゃん。
落ち込んでくれていいのに。
でも多分、無理して明るくしているわけじゃないんだよね。
現実を受け入れるしかないって思ってるんだと思う。

私の病気はもう治らないとわかっているから
どんなに辛いことになってもいいから、彼のことは早く元気にしてほしい。
きれいごとではなく、それが本心。
そんなこと、絶対びんちゃんには言わないけどね。
人って、自分のことは案外我慢できるものなんだと思う。

私も思いがけず休日となったので
急遽、ムーミンカフェにお出かけ決定。
ランチは大好きなやきそばをいただき、
その後、ムーミン展に。
ムーミンの原画を見たり、絵本を見たり。
小物をチマチマお買い物したり。
楽しい午後を過ごしました。
やはり足の裏が痛くて、ソロリソロリと変な歩き方になってしまいました。

映画も公開されているので、
そうちゃんとの3月の映画はムーミンの予定。

明日のCTは憂鬱。
悪化しているのは自分でわかるから。
検査していいこと言われることなんて、滅多にないしね。
でも今はとにかくゼローダで乗り切るしかないから
先生にお願いしてみます。
どんな結果でも受け入れられますように。
先生のご機嫌がいいように。
大丈夫。私も少しは強くなっているはず。

帰りの車の中で「治るのかなぁ」ってポツンと言ったびんちゃん。
初めて、弱音っぽいことを漏らした。
大丈夫!少しまわり道するだけだよ。
「一緒に頑張ろう」なんて、恥ずかし過ぎて絶対言えないけど
中年夫婦2人。
AB型のだんな様とA型の奥様(!)2人で
「イテ〜」って言いながら、歩いていこうと思います。

いや。。やっぱりこの人はB型だと思うんだけど。。。謎である。

m2181_2015021820025983b.jpg

そうちゃんも、早くよくなれ〜!




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ひとりごと

2015/02/18 (水)  カテゴリー/気持ち

昨日も雪か?と思いましたが
朝、チラホラと舞う程度でした。
寒い寒い1日でしたが、ランチにチゲ鍋を食べ
元気はつらつになりました。

ゼローダは昨夜で飲み切り。
白血球落ちてくる時期なのか、フラフラします。
そんな中、明日はCT。
憂鬱だなぁ。

うまく書ける自信がないけど、
私が生きて感じたことの記録として、
残しておきたい気持ちがあります。

「人が亡くなる」ってこういうことなんだなと、
強く冷たく悲しく胸に迫ることがありました。
ジャーナリストの後藤健二さんの事件です。

後藤さんのことはニュースになるまで知りませんでした。
シリア内戦のことも、テロのことも、
ほとんど何もわかりません。
正直、全く興味がありませんでした。
後藤さんの行動が正しかったのか、本当の勇気なのか、私にはわかりません。
「自己責任」についても、色々考えさせられました。

ただ、何日も後藤さんの安否が気遣われる報道を見ていたので、
単純に助かってほしいとは思っていました。
テレビは後藤さんのニュースであふれ、
中でも子供たちと話す笑顔が印象的でした。

でも、あの日の明け方、
肩甲骨の痛みで目覚めた私は、
眠れなくなり、ネットで後藤さんが亡くなったであろうことを知りました。
怖かった。とにかく怖かったです。

翌日からは、何だか哀しい気持ちになりました。
ワイドショーでは、後藤さんのニュースも伝えるけれども、
コーナーが変われば、
みんな、笑顔でグルメの話題などで盛り上がり、
いつもと変わらぬ毎日が続いていく。
それは当たり前のことなんだけどね。
でも何だかやるせない気持ちになってしまったのです。

そして、日が経つほどに後藤さんについての報道は少なくなっていく。
後藤さんが生きているのか、亡くなったのか、
みんなはそのことに興味があっただけなの?と思ってしまった。
亡くなったとわかったら、それでおしまい?って。

これは仕方ない当たり前のことなんだと思う。
今回のことに限らず、なんでも同じ。
どんな事件でも同じ。
誰でも同じ。
どなたが亡くなっても、生きてる人はお腹がすくし、笑いもする。
ずっと悲しんでほしいわけじゃない。
だれがなくなっても、だれかの日常は変わらなく続く。
悲しくても寂しくても、残された者は「現実」を生きていく。

そんなことは、わかっていたことなのに
後藤さんのニュースで、
私はそのことを胸がつぶれそうに目の当たりにした気分でした。
(あくまでも報道についてで、
ご家族やご友人の気持ちは違うとわかっています。)

後藤さんのことは何も知らないのに、
テレビで取材中の動画を見ると
こんなふうに笑顔だった人が今はもういないのかと強烈に不思議な気持ちになりました。
それは今まで何度かもっと身近で感じたことでもあるのだけど。

後藤さんの過去を悪く書いていた記事もありました。
もしかしたら、本当に、はじめはお金のために取材をしようと思ったのかも知れない。
彼の著書を読んだこともないからわからないけど、
報道の中で見る限り、子供たちに向けられる目は本物だったように感じました。
きっと取材で出会った人や子供を通じて、何か意識が変わったのかも知れない。
私が、転移してから少しだけ変わったように。

難しいことはわからないし、
後藤さんを英雄扱いするのはちょっと違うと、個人的には思います。
でも今は後藤さんたちのことを忘れる自分が恐いのです。
私が今年の年末まで生きているか、わからないけど。
そのころには「そんな人もいたねー」って言う人の方が多いんだろうな。

私は「I AM KENJI」などの運動には参加する気はなかったけど
世界中のたくさんの人があぁして運動してくれたこと。
たくさんの人が解放を願い、祈ってくれたこと。
後藤さんは知らずに逝ったのかな。
教えてあげてほしかったな。。ふと思いました。

後藤さんが残した言葉の中で
「誰かが行かなきゃ、みんな存在を忘れてしまう。
誰かの意識の中に存在しないということは
もはやそれがないことと同じ」というのがあって、
それを読んで何故か泣いてしまった。

私がいつかいなくなったとき
ずっと覚えててくれなくていい。
悲しんでくれなくていい。
ただ、愛しい人の心の中にこっそり存在していたい。
時々「ニヤリ」って感じで思い出してくれたらいい。

ずっと悲しんでいるわけにはいかない。
みんな、前に進まないといけないんだから。
誰かが亡くなっても、違う誰かの日常は続く。それでいい。
だけど生きてる限り、私の心には大切な人たちがずっと存在している。

わけわからない独り言ですいません。
ジャーナリズムともテロとも、全く関係ない話ですいません。
思うように書けませんでした。ガックシ。


そうちゃん、インフルエンザになっちゃいました。
私はしばらく妹子家には立ち入り禁止です。



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